私設図書館 曽田文庫について

-「本は宝」この想いがはじまりです。

本は宝

本を大切にしていた妻の遺志を受け継いで、米田孟弘氏が妻の実家(松江市雑賀町)を改修して開設した私設図書館です。

「曽田篤一郎文庫ギャラリー」の名称は、妻の祖父 篤一郎さんの名前から付けられたものです。妻 清恵さんは1995年教員を退職。3年後に亡くなりました。自身も2000年脳梗塞で入院し、入院中にかつて清恵さんと祖父 篤一郎さんの家を片付けていた時に、「ここは本が宝だね」と妻が言った言葉を思い出し、生前大事にしていた本を活用しようと、2003年3月開設されました。

館内には、祖父 篤一郎さんの愛蔵の歴史書や哲学書等の古書が500冊余り、妻 清恵さんが愛用していたブリキのランドセルや学用品、曽田家に残る古民具等の展示コーナーもあり、現在は蔵書数も5,000冊を超えます。アットホームな雰囲気で、0歳児連れの若い母親や、近くのグループホームのお年寄りが散歩の途中で立ち寄ったりされるなど、幅広い年齢層の方に愛され利用されています。

-想いをかたちに、そして残していくこと

落ち着いた館内

米田氏の想いは、曽田篤一郎文庫ギャラリー(曽田文庫)という形になりました。曽田文庫の想いは「本は宝」。本のある生活の楽しさ、素晴らしい本との出会いの場所であり続けるために、新刊も取り揃えております。お目当ての本を探すのもよし、スタッフのオススメを読まれるもよし、お客さま同士で、ゆっくり時間を過ごされるもよし、曽田文庫は利用者の皆様のもう一つの部屋のように存在しています。

しかし、運営の経費や諸般の事情から、予定より早く閉館せざるを得ない状況なりました。それを聞かれた利用者の皆の想いは「皆の力で何とか存続させていこう」でした。

「本は宝」と教えてくれた私設図書館を、同じ想いを持った利用者の力で、これらを残していく活動が今行われています。

米田さんへのメッセージ

-曽田文庫で触れる、昭和の歴史

<展示されているブリキのランドセルについて>

ブリキのランドセルと昭和の道具類

米田氏の妻 清恵さんが亡くなった後、実家を片付けていた時に、このランドセルが見つかりました。小学校に入学した1947年か1948年頃から使用されていたと思われます。当時、ランドセルにブリキが使われていたという事は、非常に珍しく、来館された方から自分たちは、馬ふん紙(黄色いボール紙状のもの)で作ったものを使っていたと聞きました。ランドセルに付けられている、「四ノ四 曽田清恵」というネームラベルが鮮明に読み取られ、当時が偲ばれます。ランドセルの中に入れていた教科書やノートも当時のまま、展示しています。

その他、昭和の時代の歴史を振り返る事が出来るような、暮らしの道具類も展示しております。

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